『Sandal tone』 ライナーノーツ(全文)
ダウン・ホームな雰囲気がなんとも心地よい武蔵小山。実はこの街、新たな音楽のムーヴメントの萌芽を予感させるエリアでもあるのだ。2013年5月からはじまった〈武蔵小山ラバーズ〉は、ブックカフェ〈HEIMATCAFE〉を拠点として開催されるイベント。西広ショータ、森田崇允&吉行慶一郎、しみずけんた(コロリダス)、そしてSandalSoulという武蔵小山を愛してやまないミュージシャンたちによって企画されるが、そこに集う面々はフォークやカントリー、ソウル、ラテンとそれぞれルーツは異なれど、豊かな歌心を感じさせる部分でどこか共通している。その武蔵小山ラバーズの紅一点であるSandalSoul(sunny)は、〈武蔵小山系の歌姫〉と評したい女性シンガー・ソングライターだ。
山口県光市出身のsunnyは、ただただ歌手になりたいという一心で上京。学生時代にバンドや楽器の経験もなかったことから、当初は活動にも苦労したそうだが、24歳の頃に加入したバンドでソウルやジャズと出会い、シンガーとしての方向性を見い出す。2007年には自ら詞曲を手がけるバンド〈SandalSoul〉を結成するが、ほどなくして解散。SandalSoulという名前はそのまま残し、シンガーsunnyのソロユニットとして新たに歩みはじめる。ちなみに〈sunny〉という呼び名は〈陽子〉という本名に由来する。
彼女が武蔵小山で暮らしはじめたのは、8年ほど前から。先述した武蔵小山ラバーズの仲間はもちろん、SandalSoulのサポート・ギタリストである中川淳ともこの街で出会い、今では公私ともに彼女を支える良きパートナーとなった。刺激を与えてくれる良きライバルが身近に存在する環境は、sunnyの歌や言葉を育み、そしてSandalSoulの音楽表現の幅を押し広げていった。
2015年11月に『sandal past』を発表したばかりの彼女が約6ヶ月という短いインターバルでリリースするのは、ピアニスト サーカス田中と二人だけのレコーディング・セッションで製作した6曲入りのアルバム『Sandal tone』。クラシックやラグタイム、ジャズなど幅広いルーツを持つミュージシャンであるサーカス田中との縁も、やはり武蔵小山の酒場コネクションがつないだものだ(ちなみに本作のレコーディング・エンジニアを務めた種村尚人も武蔵小山のつながりだという)。
ヴォーカルとピアノのデュオによるアルバムというとしっとりした作風を想像しがちだが、怖気付きそうな心を振り切って力強く前に進もうとする決意を歌った、スピード感あふれるソウル・ナンバー「I can't wait」に幕を開ける本作は、聴き手の先入観を痛快に裏切っていく。sunnyのパワフルな歌声に呼応するように、一気に熱を帯びていく田中のピアノ。その迫力ある応酬からは、二人のミュージシャンの本気と本気がぶつかりあう瞬間が生々しく伝わってくる。名刺代わりとしては十分すぎるインパクトの1曲だ。
ゴスペル調のアレンジでふくよかに歌声を響かせるラヴ・ソング「Yes」は、SundalSoulのバンド時代から歌っていたという楽曲。道ならぬ恋だとしても、自分の気持ちに嘘をつかずに「Yes」と肯定したいという揺れ動く女心を繊細に描いていく。
20代前半に作った「雨音」は、せつない別れと消えない余韻を情感たっぷりに歌い上げていくジャズ・バラード。空気感を意識して歌ったというメランコリックな歌と、ポツリポツリと雨粒のダンスのように響くピアノがにじみ合っていく様が聴きどころだ。
ここまでが比較的以前に作られた曲で、後半3曲はこの1、2年で書かれたものだそう。「オリバー」では、転がるようにファンキーでリズミカルなピアノに導かれ、sunnyの歌声も解放されたようにスウィングしていく。表現者としての変化と進化を欲し、自分自身にハッパをかけるような想いで綴られた、ポジティブなメッセージ・ソングとなった。
シンガーとしての多彩な表現と、ピアニストとしての懐の深さを味わせる楽曲が続く『Sandal tone』は、5曲目のバラード「ひこうきぐも」でひとつのクライマックスを迎える。彼女が育った故郷の、彼岸花が赤く咲き乱れる頃の季節の移ろいをイメージして作ったというこの曲。アルバム収録曲の中で唯一オーバーダビングが施されたというこのナンバーは、田中のピアノ演奏もこれまでの楽曲とはガラリと変わって、音響的な広がりを重視したアプローチがしみじみと美しい。優しいタッチで情景の輪郭を浮かび上がらせていくsunnyの歌声は、夏の終わりの思い出のように鮮やかな残響をのこしながら、アンビエントなサウンドの中へと儚く溶けていく。
続く6曲目の「小さな世界」は、彼女が自身の結婚披露パーティで友人や仲間、家族に向けて作ったという楽曲。ストライド・ピアノが醸すオールドタイミーな雰囲気の中、伸びやかな歌声が楽しい。一人で歌っていた時よりも、二人で奏でるようになって、彼女の音楽は可能性を広げていった──そうして一人、また一人とつながっていくことで形作られていった小さな世界──そこに関わるすべての人たちに対するあふれんばかりの感謝の気持ちを、ラストナンバーで力強く歌い上げる。
武蔵小山という街がもたらした縁によってカラフルに広がった、SandalSoulの音楽。それはもちろん、中心にいるsunnyというシンガーが持つ〈引き寄せ力〉によるところも大きい──彼女の朗らかな歌声は、まさに太陽のように聴き手の心を明るく照らすが、同時に、地面にはしっかりと影を作り出す──そんな裏表のない真っ直ぐな陽射しのような歌が、この『Sandal tone』に灼きつけられている。
文:宮内 健(ramblin’)
※印刷スペースの都合CDパッケージ内に掲載できなかった全文を掲載しています。
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